緊張症な私が話すとき大切にしている、たった1つのこと

この記事を書いた人
エリサ
エリサ

・ミニマリスト歴8年
・2冊の本を出版
・元MENSAメンバー
・エンディングノート認定講師
・心理カウンセラー資格所有
・子ども3人、孫2人
・雪国一人暮らし

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私のこと
この記事は約4分で読めます。

こんにちは、ミニマリストエリサです。

今回のテーマは、緊張症な私が話すとき大切にしている、たった1つのこと。

緊張症で不登校児だった私が、人前で話せるようになった理由を、お話しします。

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不登校だった頃の気持ち

私は小学1年生から中学3年生の2学期まで、約9年間不登校でした。
年間登校日数は毎年一桁を切っていたはずです。
通知表がオール1だったこともありました。

どうして学校に行けなくなったのかは未だにはっきりとわかりません。
それでも確実に言えるのは、ひどい緊張症だったということです。

入学したばかりの頃の記憶で、授業中に答えがわかった人は手を挙げるというシーンがありました。
私は先生に当てられたくなくて、手を上げずに下を向いてじっとしていました。
万が一間違えたらどうしよう、変な声だって思われたらイヤだ、どうやって話せばいいかわからない、ということが頭の中でぐるぐるしていたのを覚えています。

こんな状態ですから、人前で自分の考えを発表するなんて無理だと思っていました。

高校でひっくり返った価値観

そんな緊張症の私が人前で話せるようになった最初のきっかけは、高校時代の経験です。

多分それまで私は「間違ってはいけない」「失敗してはいけない」と思って生きていたんです。
まあ、その結果不登校という、義務教育としては最大の失敗をしてるわけなんですけどね。

とにかく、失敗が怖くて行動できないという状態に陥っていました。

中学時代の出席日数が足りない中、なんとか入学させていただいた高校。
そこが当時世間一般では教育困難校、いわゆる底辺校と言われる学校でした。
素行不良や学習障害に近い子がたくさんいて、むしろそうじゃない子のほうが珍しいくらいで。

そんな環境で過ごすうちに、失敗への価値観がぐるっとひっくり返りました。

学校で勉強を間違えても特別バカにされたりすることもなくって。
失敗しても何度でも挑戦させてもらえて。

失敗=この世の終わりみたいに感じていたのが、失敗しても死ぬほどのことではない、大丈夫って思えるようになったんです。

そのおかげで授業中に当てられても平気になり、クラスみんなの前で発表できるようになり、生徒会長になって全校生徒の前でスピーチできるようになりました。

ラスベガス頭真っ白事件

高校の友人や先生たちのおかげで価値観をひっくり返したあと。
大人になってからもどんどん発表の場を広げていきました。

ビジネスプランのプレゼン大会で入賞し、社長塾のプレゼン大会で優勝し、経済界のビジネスアワードで審査員特別賞をいただくまでに。

どのくらいすごい賞かというと、授賞式で一緒に壇上に上がったのが京セラ創業者の稲盛和夫さんやGMO熊谷さんだったと言えば伝わるでしょうか。
私はその中での新人賞みたいなものだったので凄さは全然違うんですけどね。
審査員にはKADOKAWAの夏野さんや元ZOZOの前澤さんがいらっしゃいました。

授業中に手を上げることすらできなかった私が、プレゼン大会で実績を残せるようになったんです。

ですがそのあと、悲劇が訪れます。
今思い出しても顔面蒼白になりそうなくらいの出来事。
それが「ラスベガス頭真っ白事件」です。私が勝手に名付けました。

ラスベガスのパフォーマンス大会に出場したのですが、ムリして不慣れな英語を使ったせいで、ステージ上で文字通り頭が真っ白になったんです。

何百回も練習したセリフがすべて吹っ飛んで、言葉がのどにつっかえて一言も出てこなくなって、スポットライトの当たるステージでひとりもがきました。

時間にしたら、もしかしたら1分もない出来事だったのかもしれません。
だけどあの時間は、永遠に終わらない地獄のような時間に感じました。

言葉の先へ

なぜあのとき、私は一言も話せなくなったのか。
あとから振り返ってみて、わかったことがあります。

それは、慣れない言語を使ったために、意識が「言葉を失敗しないこと」に行っていたということ。
失敗しないことへのこだわりが、結果として大きな失敗を生んだんです。

普段日本語を話すときは、言葉自体のことを考えていません。
考えなくても自然と話せるからです。
だからこそ、言葉自体ではなく、伝えたいことに意識を集中できるんです。
それがあったから、プレゼンでも伝えることができました。

もちろん、言葉はとても大事です。
一文字違うだけで意味が変わったり、言い回しひとつで誤解を生んだりしますものね。

その上で言葉よりももっと「何を伝えたいか」が大事なんだと今は強く思います。

今回のまとめ

緊張症な私が話すとき大切にしている、たった1つのこと。
それは、何を伝えたいかを意識することです。

言葉を手放した先に、残るものを持っていたいです。

私は未だに緊張症です。
人と話すときは決心がいるし、電話はニガテですし、Voicyで話していてもドキドキしています。

それでも発信し続けるのは、伝えたいことがあるからなんですよね。

コメント

  1. 辻 靖子 より:

    はじめまして。ブログをいつも読ませていただいています。私はエリサさんの生き方を尊敬していますし、非常に頭がいいところに憧れています。
    今日はコメントせずにはいられませんでした。
    不登校だったことはブログで存じていましたが、その後どうやって高校に行かれたのかずっと疑問でした。
    元メンサ会員の方が、まさかの底辺校だったとは!実は私の弟も高IQなのですが、私は弟ばかり注目されることに不貞腐れて全く勉強せず、パッとしない高校に行き、夫は底辺校出身。自分自身も夫のことも、またその学校の事も見下していました。
    この記事を読んで、見方が変わりました。エリサさんが失敗出来る場であったこと、価値観をひっくり返せる先生やお友達、どれも見下すどころか尊い存在であったこと。私が見えていなかっただけで、私や夫が行った学校もそうだったに違いありません。
    素敵な経験をされていますね。
    私は息子が小学生なので、今価値観が
    変わって本当に良かったと思いました。
    貴重なお話をありがとうございました。

    • エリサ エリサ より:

      辻さん、コメントありがとうございます。
      いただいたコメントを拝読し、このことをお話して本当に良かったと思いました。

      どんな物を選ぶか、どんな場所に行くか、どんな人といるかももちろん大切ではありますが、その価値は受け止め方次第でも大きく変わると思っています。
      辻さんが今「価値観が変わった」と思われたことで、過去の経験もきっと、さらに輝くものになると感じました。

      息子さんが小学生なのですね。きっと多感な時期をお過ごしのことでしょうし、そのお子さんと接する辻さんも心が動くことにたくさん出会ってらっしゃることと思います。
      楽しく充実した思い出がたくさんできますように。

      辻さんからのコメントが、発信を続ける上での励みになりました。
      ありがとうございます!

  2. より:

    エリサさん、度々すみません。コメント書いた直後に読んだ記事があり、目が釘付けになりました。
    エリサさん、これじゃないかと思ったんです。
    「ギフテッド」で検索してみてください。北海道大学出身の、片桐正敏先生が書かれている記事があると思います。
    12月10日にオンライン研修会もあるそうです。

    ざっと読んだだけでお知らせしてしまっているので、失礼がありましたらお許しください。またご存じでしたらスルーしてくださいね。

  3. より:

    少しでもお役に立ったなら良かったですー!10日の研修会はその様な内容だったんですね。当事者のためのものが開催されるといいですね。
    思い切ってお知らせして良かったです。

    • エリサ エリサ より:

      はい!お知らせくださったこと、とてもありがたく思います✨
      ギフテッド、という言葉もいいですね!
      個性を前向きにとらえることができそうで♪

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