本との思い出 A面とB面
項目 苦手について
エッセイ⑳ <ばななとわたし>
私が本を読めるようになったのは、吉本ばななさんの小説に逃げ込む先を見つけた時からだったように思う。
多分10代後半から20代初期の頃。
ざわざわする不安や逃げ出したい悩みから距離を置くことが出来るのは、ばななさんの小説の中にいる時間だった。
その当時出版されたばななさんの作品は、ほとんど読んだ。
何度も読みかえしたものもある。
「哀しい予感(角川文庫)」「白川夜船(新潮文庫)」は特に。
白川夜船の浮遊する世界観には何度も救われた。
そんなばなな作品から離れて、はや何年が経っただろうか。
先日ばななさんの新刊に付いていた~幸せはオーダーメイド~というコピーが目に留まり、「幸せへのセンサー(幻冬舎)」という本を予約した。
やはり、何年経ってもばななさんの世界観が好き。
“才能以外の自分らしさなど、社会はさほど求めてない、家族やごく親しい友人にだけ発揮すればよいのだ”との一文にも、ごもっとも!と深く頷く。
自己表現にしゃかりきになる必要ある?と立ち止まってみる。
58歳になったばななさんがそこにいて、50代になった私もまたそこにいた。
「幸せへのセンサー」、絶対好きなはず!
旧友Mにこの本の紹介がしたくて、私は本を片手に地元へ向かう電車に乗った。
本が好きなMは、近頃本屋さんへ行くたびに私を思い出してくれるのか、「今日はこんな本に出会った」と、ただ報告をくれる。
そして、その日Mと食事をしていたその時に言われた一言が、衝撃だった。
「レナ蔵の声、いいと思う!中学の頃から本読みの時の声も、みんなとは違ってたで」と。
衝撃だったのは、「本読み」というところ。
今、趣味は読書などと言っている私。
でも、学生時代の私は読む行為が大の苦手。
黙読も苦手なので、もちろん音読などいうまでもなく、、、
国語の授業では、先生の「では〇〇さん、読んでみてください」というセンサーに、絶対引っかからないよう息をひそめて、いや息を止めて自分の存在を消そうとしていた。
読書の時に働いているといわれる、脳の前頭前皮質背外側部という部位の発達が、私は多分恐ろしく遅れていたのだろう。
あまりに人より劣っていたので、「自分、大丈夫か?」と心配していた部分でもあった。
私はピアノを中心とした学生時代を過ごしていたが、この目からの情報処理能力の鈍さは、楽譜の譜読みも同じくなので(ゆっくりなら読めるが、ゆっくり過ぎてどんな曲なのかわからなくなる)いつも必ずCDやレコードから音を耳コピしてから弾いていた。
こんなふうに、自分の中では穴があったら逃げこみたいような苦手なことの中にも、分解してバラバラに要素を抽出してみると、得意や特性、チャームポイントなども隠れているのかと、驚いた。
あのたどたどしかった音読の「声」の方に注目してくれていた人がいただなんて、考えたこともなかったので、とても有難かった。
しかし、40年前のクラスメイトの音読のことなど覚えていらっしゃる方はどのくらいいるのだろう。
ただMの記憶力の凄さと、話題のもって行き方、褒め方が粋だ!と感心してしまう。
旧友との会話に、出会ってからの年数の重みなども加わり、愛おしさを感じるようになった。
歳をとるのも悪くない。
確かに声は、中学の時に聞いていた声と全く変わっていない。記憶の中にある声も、今50を越えた旧友の声も同じだ。
純粋に懐かしいし、ちょっとキュンとする。
私も大切な人の得意なことに注目しながら、いっしょに歳を重ねていきたいなぁと思う。