今じゃないの、待たせてある言葉

項目 残したい記憶

エッセイ③<残したい記憶と言葉の準備>


突然ですが、うちの次男は自称反抗児。近頃よく「お子さんは反抗期がありましたか?」と聞かれる。「反抗期は特にありませんでしたが3歳からずっと反抗児です」と、私もある時から答えるようになった。

自称反抗児というだけあって、自分でも親や周りの大人の意見を素直に受け入れたことはほぼないと自覚しているようだ。

中でも特に手を焼いたのは中学時代、ちょうど夫の海外赴任も重なって、私は日本でワンオペ育児?というかワンオペ子育てになり、あまり自分の事では泣かない私も、たまに辛くて一人メソメソ泣いたりした。

何をどう伝えたら通じるのだろう、、、比較的10代を素直に育っていった長男で楽をしていたこともあって、次男のそれは私の試練だった。

 

そんな中彼が15歳の母の日、プレゼントをくれた。何年ぶりだっただろう。ぽてっとした触り心地の良いマグカップ、そこにはメッセージがプリントされていた。

「あなたの言葉と優しさで今のわたしがいるのです。たくさんの感謝をこめて ありがとう」

もがきながら投げかけていた言葉は「間違ってないよ 」とそっと次男が伝えてくれたような気持ちになり、嬉しかった。

その時から私は、子どもたちへいつの日か伝えたい「言葉のストック」を始めた。自分にとって残したい子どもたちとの思い出と共に、今もその時を待っている言葉がある。

旅立つ時には、誰しも何も持ってはいけないけれど、こころには温かく残る、言葉や思い出がたくさんあるといいな。

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